1990年代、房の露のもとに突然、熊谷喜八さんからお手紙を頂いたことがありました。封を開けてみるとそこには酉爵へのお褒めの言葉がしたためられており、ふいの出来事に驚きつつも、「良いものはちゃんと評価される」という身震いするような実感とともに、熊本県の小さな蔵元はひとしきり喜びにわきました。
「KIHACHI」というと、「KIHACHI流無国籍料理」で知られるレストランはもちろんですが、ソフトクリームやロールケーキといったスイーツのファンという人も少なくありません。レストラン、カフェ、パティスリー、ソフトクリーム、そのすべてをプロデュースしているのが熊谷喜八さんです。
料理人として歩んできたそのキャリアのなかで、セネガル、モロッコ、フランスと海外で過ごした時期も長い熊谷さん。当然のことながらワインについての語り尽くせぬほどの造詣をお持ちですが、現在は「食を通して日本を元気に」という活動に軸足を置いており、日本のお酒と関わる機会も公私両面で多いといいます。ここ数年は、日本各地を訪問することにスケジュールの大半を費やしています。震災以降は被災地にも精力的に足を運んでいるそうです。
そんな熊谷さんに、プライベートで楽しむお酒について伺ってみると、間髪を入れずに「焼酎がいいね」という答えが返ってきました。
「ワインのような醸造酒は翌日に残るんだけど、焼酎は残らない」
酒が残ったようなふらふらした頭で厨房には立てないから、とも。鷹揚かつ豪胆なお人柄はメディアで拝見する熊谷さんの印象そのままですが、料理という細やかな神経を必要とする仕事への真摯なスタンスが伝わってきました。
九州を訪れるときは、200銘柄ぐらいの焼酎が並ぶ店でその時々の思いのままにオーダー。「やっぱり九州の料理に合うよね」と。よく飲むのは芋焼酎。酉爵を飲んで、最後に芋という流れも多いのだとか。
酉爵を初めて飲んだのは20年ほど前のこと。東京・神楽坂の馴染みの店で「今日はちょっと飲んでもらいたい焼酎が」と出されたグラスには、なにやら見るからに焼酎らしからぬ色の酒が。「何これ?」と思いながら口に運んでみたことを覚えているそうです。ちなみに冒頭の房の露に届いた手紙というのは、その頃に送っていただいたもの。以来ずっと愛飲し、時には人に勧めることもあるそうです。
実はインタビュー中、話題はあちこちに脱線しました。地方再生という活動へと熊谷さんを駆り立てている今の日本の状況。漁業や農業への思い。日本の食ビジネスのグローバル化と地方再生が、熊谷さんのビジョンのなかで一つの線上にあることなど。
焼酎というテーマからは逸れに逸れて、酉爵についてのウンチクなどは一切なし。頂いたのは、「いやだって旨いでしょ」のひと言。確かに、「旨い」に理由をつけるなんて無粋なだけ。ほかのどんな言葉にも替え難いひと言でした。
熊谷 喜八
1946年 東京生まれ
フランス アルパッジョン料理コンクールにおいて、プロスペールモンターニエ杯を日本人として初受賞。フランス アカデミーキュリネール日本支部正会員となる。
レ・ザミ・ドゥ・キュルノンスキージャポン会員
全日本司厨士協会 会員
日本フードコーディネーター協会 顧問
全日本洋菓子工業会 監事
日本食生活文化財団「食生活文化賞 銀賞」受賞
厚生労働省「卓越技能章 現代の名工」受章